せめて離れて、商品を選んでいたら違いました

決して、すべてのカップめんを買い占める気持ちはなかったのです。
ところが、この地域の特性というか。本当に、漁夫の利という言葉で象徴されるように、なんでもいいものは、人の真似をして簡単に、苦労せずに手に入れるという風潮が多いのです。

これって、本当に辛いですよ。例えば、何十年も住んでいるにも関わらず、クリーニング店を知らなかったり、バスの二人方を知らなかったり、それを、まだ、住んで間もない人に聴いたりするのです。

これって、考えろよと思います。どっちが知っているのかということです。ケチなのでしょうね。いいものを教えると、損をするという感覚なのでしょう。また、教えたいことは、自分の利にかなうものは、しつこく勧めるのです。

こうなってくると、本当に、知り合いを作るのが怖くなります。信用できませんからね。商売をしている人ぐらいです。親切なのは。それも悲しいですね。金の切れ目は縁の切れ目でしょうね。長く付き合うことが大切なのかもしれませんね。

そのカップめんの買い占めですが、決して、そのようなことはしたくないのです。ただし、ほかの人も努力してという思いはあります。よそ様の行動を見て、そrをいただくというのがとても嫌です。こちらも、お金をはたいていますから。この商品だけの話ではないのですが。

こちらの近くの待機して、様子を見ていた70代の御夫婦ですが、こちらがすべて購入したのを見て、一言、文句をいいたげです。

こちらが言いたいのは、そのかたたちが、たまたま、したいと思ったこと。つまりは、情報は他には漏らさないということです。情報を手に入れるには相当な苦労がいるのに、ただでやる人はいませんよね。そのくらい厳しい社会になって着るのを実感しています。

せめて、こちらから離れて、ほかの商品を選ぶふりでもしたらいいのにも関わらず、こちらのカートに相当近い距離で見ていたのですから。薄気味悪いのです。東京ではありえません。